ヨコハマトリエンナーレ トリエンナーレ学校 第11回 「ヨコトリ2011見どころ講座 アーティスト編③」

6月8日(水)19:00~20:30
会場:ヨコハマ創造都市センター(YCC)3階スペース

主催:横浜トリエンナーレ組織委員会

講師:島袋道浩(ヨコハマトリエンナーレ2011参加作家)
   天野太郎 (ヨコハマトリエンナーレ2011キュレトリアル・チーム・ヘッド/横浜美術館主席学芸員)

トリエンナーレでは、新幹線から見えるところに看板を作りたいと述べる島袋氏

島袋氏はベルリン在住、3日前に来日し、あすベルリンに帰国するという。横浜に2年間住んでいたこともあり、横浜トリエンナーレ2001にも参加した、横浜にゆかりのある作家のひとり。島袋氏は、招待された土地で何を作るか探ることから作品づくりを始める。

島袋氏のトークではとりとめなく、次から次へと作品を紹介した。聞いていると納得できるものの、振り返ってみると自分のメモの意味が薄れていく感じがする。哲学のように模索しながら話す言葉の端に真実が潜んでいる気がする。

島袋氏はパソコンを自ら操作し、画像で12点の作品を紹介した。ここではその半数を掲載する。

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《あたまにものをのせるのはかっこわるいことか?》

「沖縄文化の軌跡1872-2007」沖縄県立博物館・美術館 2007年

女が頭にものを乗せて運ぶ習慣は、韓国、ベトナム、タイ、アフリカ、南米にあるが、日本本土、中国にはない。その習慣がどんどんなくなっている。父親が沖縄出身なので、子どもの頃から「頭にものをのせるのはかっこいい」と思っているのを、「恥ずかしいから」やめたという人がいる。頭にものをのせるのはかっこ悪いことなのか。もう一度を考えようと、体験型の展示を行った。入館者はタライや籠を頭に乗せ、鏡に映して姿を見る。名人のおばちゃんは一升瓶を頭に乗せ、アドバイスをしてくれる。

《浮くもの/沈むもの》

「愛についての100の物語」金沢21世紀美術館 2009年

アトリエはなく、台所で考えものをする。あるとき、トマトには水に浮くものと沈むものがあることに気づき、なぞをなぞのまま、水槽にトマトを入れて展示。美術館の人がトマトを買いに八百屋に週2回でかけると、八百屋でトマトを水に浮かべてと、浮くものと沈むものを確認して売ってくれる。作品を通して生まれた人間関係が面白い。

うまい、えらいとできることを見せびらかす場が、長いこと美術だった。しかし、わけのわからないものをどうやって引き受けるか、わからないものを共有することこそが美術だったりする。謎をなぞのまま保管したり、科学者と競争で新しい謎を作ったりする役割がアーティストにはあるのではないか。

《やるつもりのなかったことをやってみる》

「島袋道浩展 美術の星の人へ」ワタリウム美術館 2008年

美術館にゴルフのレッスンプロを招いてゴルフのワークショップを行った。プロが同じポーズを説明するのに「ラーメン屋で並んでぼっといるときの形」、別のプロは「信号待ちをしているときの形」という。体で行うことをどう言葉にするかも面白い、ワークショプを通して、いままで話ができなかった人と話せるようになった、友人が増えた、人生が広がったなど、意外に面白かった。プロから「ゴルフを習いに来る人より、才能を持った人がいた」と聞き、やったことがないことに天才の可能性があるかもしれない。美術館でその機会をつくれたらいい、これからもこのタイトルの作品をつくっていくだろうなと思う。

《日本の船旅》

横浜トリエンナーレ2001

横浜に2年住んでいた頃で、海に関したことを外で行いたいと思っていた。ゆっくり行くほうが楽しいし、ゆっくりでないと行けないところがあり、また、船で行くのと飛行機で行くのと全然違うという経験を伝えたいと、船で行く情報、値段やタイムテーブルを示した究極の体験型アート作品になった。船で行くことができる外国、韓国、中国、台湾、ロシアに行き、写真1点を撮影して展示した。時間が取れなくて、写真を撮るだけの日帰りでその土地に慣れる時間もなく帰国したが、旅の方法としておすすめだ。臨海パークには、写真の水平線と実際の水平線をそろえて展示した。

《カメ先生》  

「風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから」国立国際美術館 2011年

陸ガメを囲いに入れて、美術館で展示。「そんなに急がなくてもいいじゃないか」と、東日本大震災が起こる前から思っていた。日本は戦後復興のなかで新しいことをどんどんやってきた、もう止まることを消極的ではなく、ポジティブに考えてもいいんじゃないか。勇気をもって引き返せばいい、それについて作品を作ろうと思っていた。

水族館でカメに会ったらマイペースで自信をもって遅いことが、先生みたいだと思った。その体験をして知ってほしくて、美術館で生きたカメを展示した。イベントでは、カメの囲いに一人ずつ長靴を履いて入ってもらった。監視の人にカメを先生と呼んでもらい、その人たちが自宅に帰って「職場にカメ来てんねん」と話して広がっていくのが面白い。新しいことがどんどん出てきて、止まることはネガティブだといわれて、新しいものを次々に生み出す、しかし「ポジティブに止まる」を考えていいのでは、勇気をもって引き返せばいい。

《人間性回復のチャンス》

神戸、須磨 1995年

1995年1月17日 阪神淡路大震災の日、神戸に住んでいたが、当日は広島にいた。多くの建物が壊れ、多くの人がなくなったが、知らない人同士が声を掛け合い自然と助け合う、美しい光景があった。しかし、1か月経つと、そんな光景はだんだん少なくなって悲しかった。神戸の西、須磨が被害の境めで、須磨以西は被害がなかった。須磨に住んでいる友人の家も崩れ、ふすまに文字を書いた「人間回復のチャンス」という看板を掲げ、屋根に乗せて、電車で行き交う人から見えるようにした。

大阪で発表し、水戸芸術館で初めて写真として展示した。撮影した日は1995年3月11日と偶然、3月の震災と同じ日だった。

ヨコハマトリエンナーレ2011

作品として、新幹線で横浜に向かう途中、車窓から見える4×12mくらいの大きな看板を考えている。展覧会はオープニングで終わるのではなく、最後までよくするための努力をすればいい、スポーツでもメンバーチェンジがある、展覧会でちょっと違うなと思ったら変えればいい。僕にとってのメディアは展覧会で、わざわざ来てくれる人にメッセージを送りたいと思う。

東日本大震災が起こった3月11日は打合せで横浜から帰る新幹線のなかだった。震災については、関東と関西の温度差を感じていて、新幹線から見えるところに看板を出したいと思っている。ヨコハマトリエンナーレ2011のテーマは「世界はどこまで知ることができるか」だが、展覧会に来ても見られない作品があってもいい。新幹線から写真をとってリサーチし、看板屋さんに問い合わせをしているところ。会場のなかに、平塚や静岡県磐田の看板屋さん、看板が立っている土地の地権者の方がいませんか。

横浜でもなにかやりたいと思っている。神戸は自分が住んでいた町だったので看板作品ができたところがあったが、福島に看板を作るのはどうだろうかと考えている。また、デモが夏祭りのようになっていて、日本人はデモのやり方を忘れたのかと思い、デモのワークショップはどうか、現状に対するリアクションに名前をつけてワークショップをするのはどうかなどと考えている。「原発やめろ」ではなく、「原発やめる」と宣告する、「やめる」「る」「る」の看板もいいかなと思っている。

島袋道弘氏

島袋道浩 しまぶく みちひろ(美術家)
1969年、神戸市生まれ。ベルリン在住。
1990年代初頭より世界中の多くの場所を旅しながら、人間の生き方や新しいコミュニケーションのあり方に関するパフォーマンスやインスタレーション作品などを制作している。パリのポンピドー・センター、ロンドンのヘイワード・ギャラリーなどでのグループ展や03年ヴェニス・ビエンナーレ、2006年サンパウロ・ビエンナーレ、10 年あいちトリエンナーレなどの国際展に多数参加。

http://www.shimabuku.net/index.html

作家のHP

 人間性回復のチャンス http://www.shimabuku.net/work3.html

レポート・写真 / はしもと のりこ

 

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